藤本朝巳先生2

藤本先生のお話の追加。(私の記憶なので、正確ではありません)

「翻訳家は自分の翻訳の秘密をなかなか他人には話しません。商売道具ですから。けれども、原文とその方の翻訳をつきあわせてみると、秘密がわかってきます。児童文学の訳で一番間違いのないのは石井桃子さん。彼女は再版の度に訳を直されていました。ただし「くまのプーさん」で原文を14行もここは必要ないと削るなんてこともやっていらっしゃいます。。名訳として知られる瀬田貞二さんは、ナルニア国物語では間違った訳の所があります。それはナルニアの物語は仔細な聖書の知識を背景にできあがっているのですが、瀬田さんはそれをふまえていないと思われる所があるのです。」

(藤本先生は、クリスチャンです。今okanagon息子と「ホビットの冒険瀬田貞二訳を読んでいて、次はナルニアかなぁなんて思っていたところで。。翻訳されたものは元の話を源に訳者を通して、また違う作品となってしあがってくると思っているほうがよいのかもしれません。良し悪しは後世の判断になる。そっくりの言語移し替えでないということは面白いです。。そこにも意味がある気がします。)

"I think that he is a rich man."

「これを皆さんどう訳しますか?中学校では、私は彼がお金持ちだと思う、と教えるでしょう。でもこれだと英文の上を目が行ったり来たりして訳さなければなりません。そういう訳し方をするので、日本人は英文を読むのがとても遅くなるんでしょう。私は学生には、少し言葉が変になってかまわないから、頭から変換していきなさいと教えています。たとえば、このように。ぼくは思うよ、彼はお金持ちだって。」

(これを聞きながら、深くうなづいていました。私が遅いのもこれが原因だわ。。そして、同時に日課として外国の作家の翻訳をしているとどこかで読んだことがある、作家の大江健三郎さんが講演などで語られるちょっと風変わりな口調が、まさにこれだと気づいたのでした。大江さんの声で「彼は言った。。○○だと。」と音まで浮かびました。)

「私が訳をしたいなと思う絵本のうち、実際に出版されるのは何冊だと思いますか?10冊のうち1冊くらいです。」

リベックじいさんのなしの木

リベックじいさんのなしの木

「この絵本は、できるまでに2年かかりました。もとはドイツ語で書かれたもので、はじめは英語訳から日本語にしようと思ったのですが、元の本にあたることにしました。けれども、私はドイツ語も辞書で調べれば訳すことができますが、辞書にものってないような言葉があるんです。知り合いのドイツの方に見せましたら、その方が、これはドイツのある地方の方言だというんですね。たまたま、その方はその地方に住んだことのある方だったのです。お話の中で、自分の庭のなしを、こども達に気前よくあげていたリベックじいさんが死んで、お葬式のシーンがあるのですが、原文では集まった人がよろこびにつつまれて、というような表現になっています。これはキリスト教では人は亡くなって天国に行けるのでそれを喜ぶという考えがあるためです。けれども日本ではこうした考えが広く根付いてはいませんから、この部分はかえました。」

(ここが翻訳者の選択なのでしょうね。絵本は絵を見ながら流れ語られるものであるので、大人の本のように注釈つき、では本末転倒になってしまいます。物語の核を残しながら、表面は柔軟にかえていくということでしょうか。その核をどこにとらえるかは、訳者がどこまで作者の深い場所と交信するかとかかわってくるのでしょう。)