銀杏落葉あつむれば陽もあつまりぬ
井筒安男
落ち葉の がさっと乾いた感じと
あたたかい黄色に包まれるような感じがする句だ。
両親がいづっさん、いづっさん、と呼んでいたので、音で名前を覚えていた。
高くそびえる山を思わせる名前だと子供心に思い込んでいたが
正確には「井筒さん」。
上の句はいづっさんが大学時代に詠んだ句だそうだ。
最近、短歌や俳句が面白いと思い始めて、
この名が急に気になり出した。
句集も出しているが検索してもどこにも出てこない。
安男は俳号。
昭和10年(1935)生まれ
大学卒業後 大阪の工業高校で国語の教鞭をとる
58歳没(1993)
昭和9年生まれの父と1つ違い。
私は大学に上がった春、一度いづっさんにお会いしたことがある。
母と2人でお宅へ行くと奥さんが迎えてくれ、今寿司を買いに行っているとのことだった。しばらくすると一杯どこかでひっかけたのか、赤い顔のいづっさんが戻ってこられた。晩年はお酒が手放せなかったようだ。
それよりもっと昔、父といづっさんが短連歌を作っていたのを見せてもらったことがある。短連歌は上の句、下の句、2人で詠んで、1首を完成させる遊びだ。母に聞くと、写真に撮って送ってくれた。
7月16日 吟とある。日曜だとすると、昭和42年の夏か。
2人が原稿用紙をのりで繋ぎ合わせて、連句を始めたのを、母は飽きず見学していたという。(正)とあるのは父、(安)とあるのはいづっさんだ。

夕立の 止まりし後の 一番機 (正)
見送る 黒い点となるまで (安)
散解も 惜しまれるまま ホームにて (正)
籠のホタルを 覗き立ち居り (安)
帰るべき 故郷もはや胸の内 (正)
「追伸」がつい 長くなりたり (安)
母親に 送金の句は 何もなく (正)
切手貼らずに 出した封筒 (安)
音沙汰も たがいになくて 生きてあり (正)
結婚以後は みなこんなもの (安)
赤い青い 街の灯(ともし)に 背を向ける (安)
幻燈のごと 古びたりけり (正

母を葬(ほうむ)って 帰り落花の はげしきこと(安)
透かされてあり 月の面影 (正)
友みんな 出世栄達 矢のごとし (安)
去年のうちは ひとつ残りて (正)
父訪はば 今銭湯に行って留守(安)
銅貨を積みて 崩したりする(正)
「話し中」なので一面 ほっとして (安)
確かめてあり 今来る道 (正)
賛辞のべ ほほえみ 拍手 していしが (安)
曇る硝子の 外の風影 (正)
ガス暖炉 ときめきに似て 昼を燃ゆ(安)
陽の移りゆく 速さなど云う(正)
見舞いびと 見舞われし人 目を見合い (安)
此処には固い 椅子がひとつで (正)
車・雑踏 かつて驚き 見たりけり (安)
盃にたまりし 酒の苦さよ (正)
妻子不在の 鍋釜類が 遺品めく(安)
こぼれたお茶を しばし拭かずと(正)

秘めごとは 秘め 世間話に 加わって(安)
洋燈(ランタン)の灯を 賞めたりもする(正)
「お替わり」と 言わず「ごちそうさま」と言い(安)
友の寡食の 原因(もと)をひやかす(正)
振り向かず 残暑の汗を拭きながら (安)
露路に帰れる 人羨まし (正)