折口信夫『死者の書』(十八)

ベンゼン環を発見したベンゼンのように、何か解けない問題を抱えて昼も夜も考えていると、夢が解決の糸口を示してくれることがある。この十八)も、そんな夢による解決が出てきます。

 

一)の御霊の

 

おお寒い。おれを、どうしろとるのだ。尊いおっかさま。おれが悪かったと言うのなら、あやまります。著物を下さい。著物を――。おれのからだは、地べたに凍りついてしまいます。

 

の嘆きに呼応するように、

 

この機を織りあげて、はようあの素肌のお身を、掩(おお)うてあげたい。

 

と思い詰める郎女。救いに向かっているのは郎女?

 

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10年ほど前に、"蓮から生まれた師への祈り"

 

という曲がラジオから流れてきて、思わず聴き入ったのが思い出されました。

尼僧のつながりで、ここに置いておきます。冒頭の尺八のような音、モンゴルの歌唱ホーミーの倍音を想起させる声に懐かしいような不思議な心持ちがします。Ani Choying Drolma は、ネパールの尼僧で、チベット仏教マントラが歌われています。

 

 

 

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十八)高機(尼)

当麻真人の家から出た大夫人のお生みになった宮の御代になり、勅使も来ることになって、当麻の村はにわかに活気づいていた。

 

一方廬の中は、奈良の館からとり寄せた高機を置いたため、手狭になっている。姫は、機織りの上手な若人に織り方を教わって、夜もすがら織っているが、蓮糸はすぐ切れたり、玉になったりする。

 

乳母は「こう糸が無駄になってしまっては。今のうちにどしどし績んでおかないと」と言う。

 

郎女は、切れては織り、織っては切れして、手がだるくなっても、梭を離そうとしない。「この機を織りあげて、はようあの素肌のお身を、掩(おお)うてあげたい。」

そのことばかりを考えている。

 

昼間村で聞いてきた噂話などに興奮したためか、女たちは、周りでぐっすりと眠っている。

 

ちょう ちょう はた はた。

はた はた ちょう...

 

糸が詰まった。引いても押しても通らない。筬の歯がこぼれている。郎女はため息をついた。

 

その時、「どれ、お見せなさい」という声がして、女尼がどこからともなく現れた。

それは当麻の語り部の老婆の声でもあった。「見てたもれ」と郎女は機を下り、尼が代わって織り出すと、機は元通りに動き始めた。「蓮の糸はこういう風では織れません。もっと寄ってご覧なさい。おわかりになりますか? これこのように」とやってみせると、姫はすぐに要領を呑み込んだ。「やってごらんなさい」姫が機に入ると、その音までもが澄んで響く。耳元で、当麻の老婆の声がする。

 

それー、早く織らねば、やがて、岩床の凍る寒い冬がまいりますがよー。

 

ふっと郎女はまどろみから目覚め、梭をとり直すと、

 

はた はた ゆら ゆら。 ゆら 

 

見事な布が織り上がっていくのだった。